『食物を口に入れ、歯で噛み砕き、呑みこむまでの課程は「k」音語である』
| 和語 | 琉球・沖縄語 | アイヌ語 |
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噛・齧|かむ、かじる、かぶる |かむ、かむん/かぬん(食べる)|ちゃむ(噛む) |(ka/ku)(k-C)|
| |き(食物) | | |
食う |くふ・くはふ |くわゆん |くぱ、くぱぱ、 | |
| | |くyi、くいくい(噛む) | |
食物 |け | |(へ)あえぷ(食べ物) |(k-h) |
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食 |はむ | |いぺ、え(食べる) |(k-h) |
饗 |(ふ)、あへ、あへす | | | |
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口 |くち |くち |★ぱろ | |
歯 |は(か) |はー |★いまき、にまき | |
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食べる|たべる | | | |
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上図の和語の列には「食べる」に関係するカ行動詞「かむ(噛む」と「くふ(食ふ)」、ハ行動詞の「はむ(食む)」が並んでいる。これらについて、琉球語とアイヌ語を視野にいれながら、動詞図をつくって見る。
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か(噛)-かづ(齧づ)-かぢる(齧ぢる)-かぢらる-かぢられる(「かじる」とも。不詳)
-かぶ(噛ぶ)-かぶる(噛ぶる)「かぶりつく、(芝居小屋の)かぶりつき/和」
-かむ(噛む)-かまる(噛まる)-かまれる「かむ/かぬ(食べる)/琉」
-Caむ(噛む)「ちゃむ(噛む)/ア」
き(食)「き(食物)/琉」
く(食)-くふ(食ふ)-くはふ(食はふ)-くはへる「くぱ(噛む)/ア」
-くゆ(食ゆ)「くyi(噛む)/ア」
-くる(食る)-くらふ(食らふ)-くらはす-くらはさる
-くらはせる
け(食)「みけ(御食/御饌)、おほみけ(大御食)、とほみけ(遠御食)」
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は(食)-はむ(食む)
ふ(食)~あふ(あ食)-あへす(あ食す)「あへ(饗)、あへのこと(饗事)/和」(ア接)
~いふ(い食)「いへ/いぺ(食べる)/ア」(イ接)
へ(食)「え(食べる)/ア」「あえぷ(食べ物)/ア」(h-&)相通
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上記の和語の「か」動詞と「く」動詞は今日もよく使われる。二拍動詞「くる(食る)」は記録には見られないようであるが、「くらふ」があることによって「くる」の存在が確かめられる。
これらのカ行語はいつの頃か(k-h)相通現象によってハ行語に転じた。このハ行語への移行は、全てではなく部分的に、かつ時代により地域によってさまざまであったであろう。今日でも「かむ」と「はむ」は広く両方行われているが、「噛む」は昔のままであるが「はむ」は”食べる”の意でしか使われない。「はむ」は万葉集の山上憶良の有名な歌「瓜はめば子ども思ほゆ栗はめばまして偲(しぬ)はゆ・・」に現れるように8世紀には生じている。
和語ではどうしたわけか「くふ(食う)」はいつか卑語、若者語のような地位におとしめられ「食べる」にとって代わられた。それでも日国によれば初出は10世紀の延喜式である。動詞図は次のようになるであろうか。
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た( )-たむ(賜む)-たまふ(賜まふ)-たまはる
-たまる(賜まる)
-たもる(賜もる)
~のたむ(告賜)-のたまふ-のたまはる(ノ接)
-たぶ(賜ぶ)-たばす(賜ばす)
-たばふ(賜ばふ)-たばはる
-たばる(賜ばる)
★-たべす(食べす)-たべさす-たべさせる
★-たべる(食べる)-たべらる-たべられる
~のたぶ(告賜ぶ)-のたばふ(ノ接)
-のたまふ
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これではもうひとつ釈然としない。その理由は二拍動詞「たむ/たぶ(賜む)」自体がタ接語で、「む( )~たむ( )-たまふ」と続くような「む」動詞があるのかも知れない。だがこれは余談である。
ところで話は飛ぶが、上の動詞図にも示したように、石川県の奥能登地方では、「あへのこと(饗の事)」と称して、毎年12月5日(霜月五日)、家の主人が田に出て田の神を出迎えて家の中に招き入れ、風呂をすすめ、食事を供するなど、実在の神をもてなすような古式にのっとった行事を行っているという。(以上日国による)。今年の豊作への感謝と来る年の祈願である。この「あへ」は言うまでもなくアイヌ語の「あへ」「いへ」そのものである。これによって能登半島とアイヌ語地域がきれいに結びついた。
名詞の「くち(口)」はカ行語として理解できる。一方「は(歯)」は「かむ(噛む)」の語頭拍「か」そのものであったであろう。アイヌ語の”口”と”歯”はいささかずれるようであるが、後に別の語が入り込んできたのかも知れない。原始の日本語にはまず「か(歯)」があって、そこから上図のようなカ行語群、ハ行語群が生じたと考えるとたいへんおさまりがよい。このカ行語群は、おそらく固いものを固い歯で”かりかり”と噛む音から来ていると思われる。或いは上下の歯を嚙合わせたときの”かたかた、かちかち”という音かもしれない。音義説である。
以上